サイトへ戻る

ヨーロッパを震え上がらせた

「神の鞭」アッティラ

ハンガリー人が彼を国民的英雄と呼ぶ理由

ブダペストで紐解く歴史の謎:フン族の王アッティラは「野蛮な破壊者」か「偉大なる英雄」か?
ブダペストの中心部、ハンガリー国立博物館で現在(2026年)、ヨーロッパ史上類を見ない規模の国際展覧会が開催されています。主役は、西暦453年に亡くなったフン族の王、アッティラです。13カ国64の博物館から集められた約400点もの貴重な遺物を通じて、この展覧会は私たちに 一つの大きな問いを投げかけます—「歴史の真実とは、一体何なのか?」

本記事では、この注目の展覧会を起点に、古代世界を揺るがした権力闘争や、ハンガリー人に今も深く根付く「フン族とハンガリーの連続性」という壮大な歴史のミステリーに迫ります。

1. 東西で真っ二つに分かれる評価:アッティラは「破壊者」か「英雄」か?

アッティラという歴史上の人物を語る際、私たちが直面するのは「極端に矛盾した二つの顔」です。彼がどのような人物であったかは、東と西、どちらの視点から見るかによって劇的に変わります。

西欧の視点:「野蛮な征服者」と「文明の破壊者」
ヨーロッパの一般的な世界史において、アッティラはしばしば「Flagellum Dei(神の鞭)」と呼ばれます。ローマ帝国の文明と価値観を根底から破壊し、知られざる世界から現れた冷酷で野蛮な敵。これが西欧の歴史記述における彼の一貫したイメージであり、一種の「悪の象徴(ネガティブ・カルト)」としてデーモン化(悪魔化)されてきました。なぜなら、彼に関する文字記録のほとんどは、彼に敵対し、恐怖を抱いていたローマ側の年代記者が残したものだからです。これは、アッティラが亡くなった後、何世紀にも渡って後世の人々が作り上げてきたイメージです。

Section image

一方で、ドイツの叙事詩『ニーベルンゲンの歌』では、彼は「エツェル王」として、どちらかといえば寛大で高貴な王として描かれます。

東洋とハンガリーの視点:「伝説の英雄」と「民族の誇り」
一方、東洋の伝統やハンガリーの文化においては、全く逆の「伝説的な英雄」としての姿が浮かび上がります。東側の伝承において、アッティラは非常にポジティブな評価を受けており、民族の基盤を築いた神聖な英雄として崇拝されています。

文字記録というバイアスを乗り越えるため、現代の考古学や歴史学の専門家たちは、ロシアからフランスに至る広大なユーラシア・ステップ地帯に残された遺物を科学的に分析し、この「極端な二面性」の狭間にある客観的なバランスを見出そうとしています。

2. 古代世界を牽引したリアリスト:洗練された帝国のリーダー

アッティラは単なる「血に飢えた略奪者」ではありませんでした。当時のフン族の帝国は、非常に広大で多様な民族を内包する複合国家でした。これを束ね、大国ローマ帝国と対等に渡り合うためには、圧倒的な武力だけでなく、極めて高度な外交術と洗練された統治システムが必要不可欠だったのです。

展覧会に並ぶ豪華な金細工や金属加工技術の高い武器の数々は、彼らが強固なエリート層を持ち、莫大な富を組織的に管理していた物的証拠です。歴史学者や考古学者の視点から見れば、アッティラは破壊者というよりも、複数の民族と資源を冷徹にまとめ上げる巨大企業のCEOのような、有能な国家元首であったと言えます。


3. セーケイ人の「偉大な祖先」:ハンガリーに息づく東洋の魂

なぜハンガリー人は、ヨーロッパの真ん中に住みながら、1500年前のアジアの王をこれほどまでに誇りに思うのでしょうか?その答えは、ハンガリーのアイデンティティの中核にある「フン族とハンガリー人の連続性」という歴史的信念にあります。

Section image

特に、トランシルヴァニア地方などに住むハンガリー系の「セーケイ人(Székely)」の間では、アッティラは単なる政治的リーダーではなく、「自分たちの神話的、あるいは血統的な『ősatya(偉大な祖先・父)』である」と固く信じられてきました。この血縁的な繋がりへの意識は、ハンガリーの歴史的連続性と国民的アイデンティティを支える最も重要な柱の一つです。

近年では、考古遺伝学(アーキオジェネティクス)の研究によって、初期のハンガリーの征服者(9世紀の最初のハンガリー人たち)のエリート層の遺伝子には、確かに中央アジアやフン族に関連するユーラシア・ステップ地帯のDNAが含まれていることが証明されました。今日でも、Magyar-Turán(マジャル・トゥラン)財団やハンガリーの研究機関などが中心となり、このルーツ探しは盛んに行われています。
ハンガリー人にとってのアッティラ──なぜ「誇り」なのか?

なぜハンガリー人は、ヨーロッパの真ん中に住みながら、1500年前のアジアの王を今も誇りに思うのでしょうか?

それは、彼らが「西洋に住む、東洋の最後の子孫」という独自のアイデンティティを持っているからです。

ハンガリー人は言語的にはフィン・ウゴル語派(フィンランド語の親戚)に属しますが、その文化、軍事組織、そして精神性は、フン族と同じ「東洋の騎馬遊牧民」の伝統を強く受け継いでいます。つまり、ハンガリー人は「言葉は北欧的だが、魂はアジア的」という非常にユニークな特徴を持っているのです。

日本と同じく、ハンガリーでも姓(名字)を先に名乗り、日付を「年・月・日」の順で書くなど、アジア的な習慣が色濃く残っています。アッティラ大王は単なる過去の遺物ではなく、自らのルーツを力強く証明する「生きた象徴」なのです。

Section image


4. まだ解明されていない「アッティラの墓」の謎

専門家たちによると、アッティラに関してはまだ多くの謎が残されています。最も大きなミステリーは「アッティラの墓」の場所です。

伝説によれば、彼は金、銀、鉄の三重の棺に入れられ、川底に埋葬されたと言われています。埋葬に関わった従者たちは全員殺され、墓の場所は永遠の秘密とされました。

この墓がハンガリーのどこかにあると信じられていますが、2026年現在も発見されていません。もし発見されれば、ツタンカーメンの墓に匹敵する世紀の大発見となるでしょう。

おわりに:迷宮への招待

アッティラの伝説は、単なる昔話ではありません。ハンガリー人が「自分たちは何者か」を知るための大切な羅針盤であり、そして私たち自身に「歴史とは何か」を問いかける、知的な冒険なのです。

ブダペストで2026年7月12日まで開催されているアッティラと言う展覧会 (https://mnm.hu/kiallitasok/attila)は、「これが真実のアッティラです」という親切な答えを与えてはくれません。むしろ、彼の人物像の底知れない複雑さと、我々の知識がいかに断片的かという空白が、かえって浮き彫りになるだけかもしれない。

ハンガリーの文化、そして「歴史とは何か」という深淵な問いに触れるため、ぜひあなたもアッティラの魂が息づくブダペストへ思いを馳せてみてください。


トキオハンガリークラスでは、日本人の視点からハンガリー語をわかりやすく学べるコンテンツや、深く面白い文化コラムを多数発信しています。歴史が育んだ美しい言語の世界へ、少しだけ足を踏み入れてみましょう。ニュースレターにご登録いただくと、最新記事のお知らせに加え、学習に役立つ無料ダウンロード資料/教材や、知識をさらに広げる限定コンテンツにもアクセスしていただけます。

ぜひ👇 下のフォームよりご登録ください。

ハンガリー語・文化・現地での生活に役立つ
情報をメールでお届けします。